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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12991号 判決 1988年1月28日

原告

服部浩久

右訴訟代理人弁護士

今村征司

被告

柏木商事株式会社

右代表者代表取締役

柏木昭男

右訴訟代理人弁護士

小池剛彦

主文

一  被告は、原告が別紙物件目録第一記載の土地のうち別紙図面イ、ロ、ハ、ニ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分を通行することを妨害してはならない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  高橋恭一は、別紙物件目録第一記載の土地(以下「本件第一土地」という。)、同目録第二記載の土地(以下「本件第二土地」という。)及びその北側に隣接する土地並びにこれらの土地上にある一棟五戸の棟割り長屋(以下その全体を「本件長屋」といい、その敷地である右各土地の全体を「本件長屋敷地」という。)を所有していた。

2  高橋恭一は、昭和二六年四月二八日、本件長屋の各戸の住人に対し、それぞれ本件長屋の各戸及びその敷地を分譲した。そのうち、本件第一土地及びその地上建物は二瓶一郎に、本件第二土地及びその地上建物は原告の父服部丑蔵に、その余の土地建物は中源蔵、富本茂及び沼野功に、それぞれ分譲された。

3  本件長屋は五戸が南北に連なり、各戸は西側の広い公道(不忍通り)に面し、また、本件長屋敷地の南端である本件第一土地は南側の狭い公道に面していた。本件長屋の原告建物を除く各戸が除却された現在も、本件長屋敷地と公道との位置関係は変わらない。右分譲の当時、本件長屋敷地の東端の幅員一メートル三〇センチメートルないし一メートル四〇センチメートルの部分は、隣地との境界に沿つて本件長屋の各戸の裏側を南北に縦断して右南側の公道に通ずる通路状の空き地となつていた(以下「本件道路状部分」という。)。そのうち、本件第一土地に属するのは、別紙図面イ、ロ、ハ、ニ及びイの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分(以下「本件土地」という。)である。

4(一)  右2の分譲を受けた二瓶一郎、服部丑蔵、中源蔵、富本茂及び沼野功並びに本件長屋敷地の東側に隣接し南側の公道に面する建物に居住していた上部四九二及び更にその東側に隣接し南側の公道に面する建物に居住していた富田兼松の七名は、昭和二六年四月二七日、高橋恭一から右2の分譲を受けるに際し、本件通路状部分を従前に引き続き右七戸のための通路として使用するために、本件通路状部分を構成する各土地を承役地とし、右七戸の敷地を要役地とする通行地役権の設定契約を締結した。(以下「本件地役権設定契約」という。)。

(二)  したがつて、本件第二土地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権が成立した(以下「本件通行地役権」という。)。

5  服部丑蔵は、昭和五七年一〇月五日に死亡し、原告が本件第二土地及びその地上建物を相続した。

6(一)  二瓶一郎は、昭和二九年三月二一日に死亡し、二瓶クミが本件土地を含む本件第一土地及びその地上建物を相続した。

(二)  二瓶クミは、被告に対し、昭和六一年六月一三日ころ、本件土地を含む本件第一土地及びその地上建物を売り渡した。

7  被告は、本件土地に鉄板塀を設置するなどして、原告が本件土地を通行することを妨害している。

8  よつて、原告は、被告に対し、通行地役権に基づき、原告が本件土地を通行することを妨害しないよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実を認める。ただし、同3の本件通路状部分は、通路として使用されていたものではない。

2  請求原因4(一)の事実を否認し、同(二)の主張を争う。

3  請求原因5及び6の各事実を認める。

4  請求原因7の事実を否認する。

三  抗弁(対抗要件に関する権利抗弁)

仮に本件通行地役権が成立したとしても、被告は、原告が対抗要件を具備するまでは、原告の通行地役権取得を認めない。

四  抗弁に対する原告の主張

被告は、次の理由により、本件通行地役権についての原告の登記の欠缺を主張することができない。

1  本件のように分譲地の取得者相互間で交錯的に通行地役権が成立した場合には、相互に、登記を経由しなくても通行地役権を対抗することができると解すべきである。

2  被告は、不動産業者であり、本件通行地役権の存在を知悉して本件土地を含む本件第一土地を買い受けた者であるから、登記の欠缺を主張する正当な利益を有しない。

第三  証拠<省略>

理由

一所有権移転の経緯

請求原因1(高橋恭一の元所有)、2(高橋恭一から二瓶一郎、服部丑蔵らへの分譲)、5(服部丑蔵から原告への相続)及び6(二瓶一郎から二瓶クミへの相続、二瓶クミから被告への売渡し)の各事実は、当事者間に争いがない。

すなわち、本件第一土地は被告が、本件第二土地は原告が、それぞれその地上建物と共に所有している。

二通行地役権の成否

1  請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。すなわち、本件長屋敷地の東端(西側にある広い公道不忍通りから見て裏手)には、本件長屋の各戸の裏側を南北に縦断して南側の狭い公道に通ずる本件通路状部分がある。その最南端で本件第一土地の東端の部分が本件土地である。

2  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

高橋恭一が本件長屋及び本件長屋敷地を長屋の住人に分譲した当時、本件通路状部分は、長屋の住人とその家族並びに本件長屋敷地の東側に隣接し南側の公道に面する建物に居住していた上部四九二及び更にその東側に隣接し南側の公道に面する建物に居住していた富田兼松とその家族が、それぞれの住居の裏口から南側の公道に出る通路として使用していた。本件長屋の各戸にはそれぞれ西側の広い公道(不忍通り)に面して表口があつたが、いずれも商家であつたために、日常生活上本件通路状部分を通路として使用することが不可欠であつた。そこで、本件長屋及び本件長屋敷地の分譲を受けた二瓶一郎、服部丑蔵、中源蔵、富本茂及び沼野功並びに右上部四九二及び富田兼松の七名は、右分譲に際し、昭和二六年四月二七日、「通路を現状のままとする。」ことその他を約定し、その旨の契約書(甲第五号証)を作成した。その後間もなく、本件長屋敷地の東側で右上部四九二宅及び富田兼松宅の北側に瀬沼宅が新築され、その敷地は袋地であるために、瀬沼家の者も本件通路状部分を南側の公道に出るための通路として使用することになつた。

証人二瓶クミの証言中には、本件通路状部分は専ら瀬沼家の者の通行の用に供されていたとの供述部分があるが、同証人は、他方では、瀬沼家の者以外の者も本件通路状部分を通行の用に用いていた、また、右契約書のことは同証人が当時二瓶家の嫁の立場にあつたために何も知らされなかつたと供述しており、そのことと前掲の各証拠に照らして、右供述部分をたやすく採用することはできない。二瓶クミの陳述の録取書である乙第二号証についても、同様である。また、被告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三号証(中雄三及び趙貴玉の陳述の録取書)及び第四号証(鈴村善雄の陳述の録取書)にも、五軒長屋の住人が本件通路状部分の通行を認め合つたことはないとの中雄三らの陳述が記載されているが、これらの陳述も、前掲の各証拠に照らしてたやすく採用することができない。そして、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2に認定した事実によれば、高橋恭一から本件長屋及び本件長屋敷地の分譲を受けた二瓶一郎、服部丑蔵、中源蔵、富本茂及び沼野功並びに前記上部四九二及び富田兼松の七名は、昭和二六年四月二七日、高橋恭一から右分譲を受けるに際し、本件通路状部分を従前に引き続き右七戸のための通路として使用するために、本件通路状部分を構成する各土地を承役地とし、右七戸の敷地を要役地とする通行地役権の設定契約(本件地役権設定契約)を締結したものと解するのが相当である。すなわち、請求原因4(一)の事実を認めることができる。

なお、前記のように、本件土地は、本件通路状部分の最南端にあり、南側の公道に接しているから、本件第一土地の所有者にとつては、本件通路状部分のうち本件土地以外の部分を通路として使用する必要がほとんどなく、実質的には、本件地役権設定契約によつて一方的に負担を課されることになる。しかし、このような事態は分譲地内の私道については常に起こり得るのであつて、そのことを理由に二瓶一郎の本件地役権設定契約の締結を否定することはできない。

4  したがつて、本件地役権設定契約に基づき、本件第二土地を要役地とし、本件土地を承役地とする通行地役権(本件通行地役権)が成立した。そして、原告は本件通行地役権を本件第二土地と共に(民法二八一条)相続し、被告は承役地である本件土地を売買により取得したことになる。

三本件通行地役権の対抗関係

被告は、本件通行地役権の対抗要件に関する権利抗弁を主張する。そして、原告が本件通行地役権につき登記を経由したことの主張立証はない。

しかし、本件通行地役権の対抗関係については、次の各事実を考慮すべきである。

①本件地役権設定契約は、分譲地の取得者相互間で交錯的に通行地役権を設定するものであり、このような場合には、各土地が相互に要役地となり承役地となることから、地役権設定の登記がされることはまれである。

②前記二2に掲げた各証拠によれば、被告が本件土地を含む本件第一土地を買い受けた当時、本件通路状部分は現に通路として使用されており、そのことを客観的に認識することが可能であつたものと認められる。したがつて、被告代表者もこれを認識していたものと推認することができる(被告代表者尋問の結果中これと異なる供述部分は、右各証拠に照らしてたやすく採用することができない。)。

③<証拠>によれば、被告は、本件第一土地だけを買い受けたのではなく、高層ビルを建築するために、本件長屋敷地を含む広大な一画を買収し、その一画の中で本件第二土地についてだけ買収に成功しなかつたことが認められる。したがつて、被告代表者は、原告から本件第二土地をも買収することによつて本件通路状部分を通路として使用する必要もなくなることを期待して、通行地役権の負担のある本件土地を買収したものと推認することができる。

別紙図面file_3.jpgRCRIMS) a

右の各事実を総合勘案するならば、被告は、本件通行地役権についての登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないものと解するのが相当である。したがつて、原告は、被告に対し、登記を経由しなくても本件通行地役権を対抗することができる。

四妨害排除請求権

<証拠>によれば、請求原因7の事実(被告による本件土地の通行妨害)を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、原告には、被告に対し、本件通行地役権に基づいて原告が本件土地を通行することを妨害しないよう求める請求権がある。

五結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官近藤崇晴)

別紙物件目録

第一 所在 東京都文京区千駄木三丁目

地番 一三五番一三

地目 宅地

地積 46.57平方メートル

第二 所在 東京都文京区千駄木三丁目

地番 一三五番一四

地目 宅地

地積 39.00平方メートル

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